悔いのない人生。やりたいことをすべてやる人生。

快晴の青空

家を出た時、雲ひとつないような快晴でした。

今日はとてもいい天気でしたね。

ここのところ、朝晩はぐっと冷え込むなぁと思っていたところ、
今日は寒さが落ち着いていましたね。

真っ青な空を見ると、なんだか気持ちいいですね。



昨日、おばあちゃんの家に行きました。

お正月は会えなかったので、
どこかのタイミングで会いに行きたいなと思っていたところ
おじいちゃんの命日の法事だったので。

今年で84歳になる祖母は、
数年前から認知症になり、
物忘れがひどかったり、
同じことを繰り返したりと
いった状態になっていると聞いていました。

時々、私のことも聞いてくれていたようですが、
顔を会わせた時、覚えていてくれてるかな?と
少し不安な気持ちがありました。

不安的中。笑

「おばあちゃん、久しぶりです。」

と言った私の顔を見て、
ぼかーんとしていました。

母に、

「賢太郎やんか!」

と言われて、

「あぁそうかそうか、わかってる」

ってちょっとごまかしながら。

祖母と母は、
完全に立場が入れ替わったような感じでした。

祖母がどこか抜けているような
ほわーんとした雰囲気で、
子供のような言動で
母が面倒をみているような感じでした。

でも、それが自然なことなんやな。

もう84歳やもんな。

私の母が、 

 「ほら、あのジブリのハウルの荒地の魔女が最後、 いいおばあちゃんなってたやん? あんな感じやろ?」  

って笑いながら言ってんのが なんかおもろかった。 

なんやそれ。
なんやそのたとえ。


でもそう笑って言えるのも、 何か吹っ切れたというか 何かを乗り越えたからなんやな。 

祖母が認知症になった当初は、言ったことをすぐ忘れるし 同じことを何回も言うし 不可解な言動が増えて 母はめっちゃテンパってたし動揺してた。  慣れたというか、 腹くくりはったんかなって思った。

  ”母の強さ”みたいなものを感じた。



人の肉体には限界があり、
やがてその役目を終える。

しかし、それよりも前に
記憶が失われていくのはとても悲しいですね。

おばあちゃんは何か後悔していることとか、
やり残したと思っていることはあるんかな?

それは、今はもう聞けないなぁ。

もう20年以上前に他界した
おじいちゃんは、とても凝り性で
写真が好きで、コーヒーが好きで。

ギャラリーとコーヒーが飲んで
人が集まってくるようなカメラやさん
のようなことがしたかったようです。

おじいちゃんの話を聞けば聞くほど

「なんだか、俺と似ているなぁ」

て思いました。

そういえば少し前に、
おばあちゃんの家を整理しているときに
おじいちゃんのカメラが出てきました。

偶然にも私が今使っている
ペンタックスでした。

最近だと、SONYのアルファが
よく売れているみたいですね。
そしてやはりCANON、NIKONも人気。
ミラーレスだとFUJIなんかが多い中で
私がなんとなく選んだペンタックス。

おじいちゃんがやりたかったことに
近しいようなことを私はイメージしていたりします。

おじいちゃんの夢は、
私に引き継がれていたんかなぁなんて
勝手に思っています。

おばあちゃんが生きているうちに、
もう少し色々聞いてみたいなと。

そんなことも思いました。



人生の終わりが近づき それを実感すると、

「誰かのために何かしたい」
「何かを残してあげたい」


と、ほとんどの人が
それまで以上に強く思うそうです。
また、

「なぜ、もっと 自分が本当にやりたかったことを やらなかったんだろう?」

と、これもまた、ほとんどの人が考えるそうです。


悔いのない人生にするためには?


私は、この問いにめちゃくちゃ真剣に考えました。
そして、自分なりの結論を今持っていて、
それを100%完璧とは言えないかもしれませんが、
実践しています。

そして、できる限りやりたいと思いつくことのすべてを
やり尽くしたいと思っています。


悔いのない人生にするためには?


何歳だろうと、どんなタイミングだろうと
気づいた時、ひっかかった
まさにその瞬間がタイミングやと思います。

考え方は様々で、やり方も様々やと思います。
もしこのBlogがきっかけになったりした方がいたら嬉しいかな。

もし質問などあれば、お問い合わせから。

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