自分でつくったフォトアルバム:後編


太陽は月の400倍の大きさであるのに、
ここ地球から見ると
だいたい同じくらいの大きさで見えることが
なんだか不思議だなと思っていた。

どうでもいいことなんやけど。
なんというか、ほどよい距離感みたいなものを
象徴しているようで。

近すぎると暑いし、遠すぎると寒い。
絶妙なバランスの上に成り立つ
森羅万象の中の一つ。

ここは、白良浜。
夏の夕日は海側に綺麗に沈んでいく。
写真の中のこの瞬間だけでも手の平に。

手の平に乗せた夕日は
より赤みを増し、こばれ落ちた。

つかめそうな気がしては、距離感を見失い
慎重を期して今度こそはと力んでは握りつぶす。

ここは、白良浜。
僕らがバカやってるすぐそばで、
カップルが沈み行く夕日をずっと見つめていた。

寄り添い、手をつないで。

振り払えない過去やしがらみをブレイクするには、
真っ向から向き合うことだと。
それができれば、問題にならんわと言いたいのは
僕だけではないはずだ。

何かここに忘れ物があるような気がしてならない。
近くを通るだけで、ググっと胸が締め付けられる思いだ。

ここは大阪府立八尾高校、南グラウンド。
若き日の私が授業をサボって、だらだら過ごした場所だ。

私は学校以外の場所で、
勉強よりも大切なものを学んできた。

“常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う”
これはかの有名な、アインシュタインの言葉だ。

僕は20代後半ごろ、自分の中の常識がガタガタと
崩れ落ちていくような時期があった。

海外に行き、見たこともない景色や異文化に触れたり
受け入れがたい現実が立て続けに起きたことがきっかけだ。

ここは、ハワイ・ワイキキのビーチ。
日中(にっちゅう)はサングラスなしでは辛いほどの真っ青な空は、
夕方ごろになると、嘘みたいに街ごとオレンジ色に染まる。

そして、あちらこちらに大きな虹の橋がかかる。

物質的な豊かさと、心の豊かさは比例しない。
カンボジアで過ごした2週間で気づいたこと。

当初抱いていた貧困なイメージとはまったく違い、
毎日をシンプルに楽しく生きる人たち。

日本に帰ってから、朝の通勤電車に乗っている時、
周りを見渡して感じた強い違和感をいまだに忘れることができない。

ここはカンボジア、アンコールワット。
眺めのいい場所を見つけて、しばらくぼーっと眺めていたら
見知らぬフランス人女性から、
「そこいい場所ね、私も隣いいかしら?」と話しかけられ
少しばかり片言の英語で雑談をした思い出。

自然界の中に、こんなにも美しい色彩があるのか!
目的ではなかった、ただ道に迷って
迷い込んだ公園の中で見た夕日だ。

「うわ…なにこれ…」と驚き、言葉を失い、
ただ呆然と立ち尽くすようにしばらく眺め続けた。

太陽が沈むにつれ、深い紫色になりゆく空は
今まで見たことがない美しさのグラデーションだった。

ここはタイの…名前も知らない公園。
サプライズってめっちゃ感動するよねって、
これで知ったような。笑
てのはちょっと言い過ぎ、ちょっと盛ったというやつ。

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